ただ「生きる」ということ
最近、「いじめ」についてのニュースが多いですね。
fortsevenさんの記事や青い鳥さんの記事を読んで色々と考えさせられました。
この記事では親が悪いとか先生が悪いではなく、
自殺した人、本人について書こうと思います。
俺はいじめとは漠然と「悪いもの」としか考えていなかったのですが、
先日、いじめによって自殺した児童のニュースを見て、
友達がこんなことを言っていました。
「自分が悲劇のヒロインになって楽しいのかね?」
一見するとなんとも冷酷な一言に感じましたが、
よく考えるとそうだな、と思いました。
「死」という選択を選んだことによって、
その一瞬のアピールは他のどんな方法よりも大きかったでしょう。
しかし、当の加害者はその一瞬をすぐに忘れます。
「俺が悪かったんだ。悪い事をした。」
とすごく悔やむ人が大半だと思います。でも、その一瞬だけだと思います。
さらには、何も感じないで「死ぬなんて馬鹿だな。」しか思わない人もいると思います。
もっとひどければ「死にやがって・・・めんどくさいな・・・。」な人もいると思います。
それで、何を言いたいのかと言うと、
「死ぬな!」
ということです。
命を絶ってまでアピールしても一番伝えたかった加害者達には伝わらずに、
遺族などが悲しむことになるだけだと思います。
そうすると自殺とは何なのでしょうか・・・。
無意味なものに見えてきてしまいます。
誰でも一度くらいは「死にたい」と思ったことがあると思います。
けど恐くて死ねなかったと思います。
自殺できるほど思いつめているのだったら、彼らを見返す手を考えるべきだと思います。
ただ死ぬだけではそれだけで終わってしまうと思います。
ただ「生きる」ということ。
これは辛く大変な時もありますが、自殺はしないで欲しいなって思います。
これを読んで自殺を思いとどまってくれる人がいることを願います。
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P.S.
暗い記事でしたが、この記事を書き始めた発端は、
タイトルと同じ『ただ「生きる」ということ』という曲を久しぶりに聴いたからです。
今日のついさっき、静かな路地裏をiPodの好きな曲500曲のランダムで聴いていました。
そうしたら、この曲がかかって、静かな路地を歩きながらなので、
とても心に響いてきました。歌詞を感じながら聴きました。
「いじめ」や「自殺」とは関係ない曲なのですが、
『ただ「生きる」ということ』について感じるものがあると思います。
是非、聴いてみてください。感じるものが大きいと思います。
藍坊主 『ただ「生きる」ということ』 視聴
僕は知ってしまった
この世で一番怖いのは
あたりまえがあたりまえじゃ
なくなる時、その瞬間だと。
さようなら。また会う日が来るまで、
どっかで期待するだろう。
ただただ、二度と会えぬことわからなかった。
僕は願った。
殺さないで、ずっとずっと
僕の心で生きるから。
優しさも厳しさも、
今の僕に生きるから。
何故僕はいるのだろう
ずっとずっとわからなかった。
だけど、あなたがいない今、
やっと少しわかる気がするよ。
さようなら、また会う日が来るまで
心に刻んでおくよ。
永遠に未来つくるということを、
そしてどんなことがあっても「生きる」こと
殺さないよ、ずっとずっと
確かに僕の中にいる
螺旋状の一生は
絡まりあって繋がるから
さようなら、また会う日が来るまで
永遠におやすみ・・・。










今はそうじゃなくても。
以前、身近にいた人が林の中の木で発見されました・・
行方不明になる前、友人の私たちに「おおい、○○く~ん、どこ行ってるの?」と名前を呼ばれて、
ふりむいたその顔が10年以上たっても脳裏に焼き付けられて消えません。
きっと、『弱い自分を助けて・・・』とサインを出していたんでしょうが、気づかなかった。。。
まだ俺は身近で死というものに出会ったことがないので、よくわからないんですが、
やっぱり当たり前だったものが当たり前じゃなくなるのは恐いなって思います。
自殺だけは本当にやめて欲しいな、って心から思います。
小鹿ちゃんのブログにも、死んでいったひとたちのことを書いたんだけど、
高校1年のときに、化学の先生も・・・私を可愛がってくれた近所のおねえさんも。
さよならくらい言ってくれてもよかったのに。残される者もそこで何かが止まります。
今日は、どこかにこもりたいようなつらい日でした。思い出してしまって。花を買ってきたの。
イヴァン君に言う事じゃなかったかもしれないね。ごめんね。ぱ~っとはしゃぎたいけど、涙が
悲劇ですよね~
特に残された人たちにとっては、深い悔恨と一生苦しみが・・・
自殺する本人は、それをしてしまうこと自体、全く普通の精神状態ではないのでしょうね。
病的な状態なんだと思います。
だって、普通の精神だったら自分を殺すことなんてできないと思うもの。
自分を殺すことに引き換えてでも訴えたいということなんでしょうか・・・
それしかわかってもらえる方法がないと思うのでしょうか・・・
いえ、もう“死”それしか考えられなくなっているんだと思います。
普通の精神状態でなくなると、
「死への願望が強くなり、その衝動をを抑えきれなくなっていく」
「死にたいという人は絶対死なない、というのは嘘。死を宣言した人は自殺するものです。」
「自殺を決心した時、必ず何かのサインを出します。」
と講義で聞いたことがあります。
本当に難しいです・・・
変な記事を書いてしまい、ごめんなさい。
でも、そうやって思い出してもらえるだけでも本人達は嬉しいと思います。
人が死ぬ瞬間は誰からも忘れられた瞬間だって言う言葉がありますよね。
まだ彼らはsoraさんの中で生きているんだと思います。
でも、悲しい思いをさせてしまってごめんなさい・・・。
そうですよね。自殺は本人の傷がそのまま残された人達に飛んで来ますよね。
なるほど。そうですね。
もう逃げることしか考えられず、その一番簡単?な方法が「自殺」だと、そういうことなんでしょうね。
確かに、「死にたい」と言ってから死ぬ・・・そう思います。
勿論死にたくないからそういう発言をするのだと思うのですが、
それは本当に止めてくれないと死んでしまうよ、と最後の警告なんでしょうね・・・。
自殺・・・絶対に自分はしないようにしよう、って思います。
トラックバックありがとうございます。
いじめで自殺してしまった子がいますが、新聞にこう書いてありました。
友人が夢を見たそうです。
自殺した子が出てきて
親や友人を苦しめていることに対して後悔していて苦しんでいる
というのです。
これはきっと本人だと思います。
自殺して後悔したというのが、本音だったんでしょう。
そして、自殺した魂のほとんどが後悔しています。
ですからイヴァンさんの言う通り、生き抜くことこそ大事なのです。
そうですよね。自分が死んで悲しむ人の方が絶対に多いし、
死んでしまった本人も取り返しがつかないことに後から気づくだけですよね。
自殺ブームなどといわれていますが、
そんな簡単に命を投げ出さないで欲しいなって思います。